10、なまこの記憶

小学1・2年の時の担任の教師は清水生子先生という当時20代の若手の教師で、やたらとまばたきの多い年若い女性であった。
「生子」と書いて「しょうこ」と読むのだが、当時の学友達は「なまこ」先生とかなり際どいスラングで呼んでいて、けしからん風潮であった。
私はこのような風潮に内々に苦言を呈し、決して「なまこ」先生と呼ぶようなことはなかった。

まあそれはよい。
この先生はちょっと変わり者で1・2年の学童のことを個人的に好きになってしまうような不思議な先生であった。
勘違いだと本人にとってたいへん失礼だが、どうやらこの先生は私のことを好きになったようだった。

2年生のバレンタインの日、帰りの会が終わり帰る段になって、みんなぞろぞろと教室から出て行く。その時、清水先生は私だけを呼び止めたのだ。何事かと思った。
みんな帰って行くのに私一人だけ教室に残されたのだ。
なにか悪事でも働いたかなぁと自分の1日を振り返っても思い当たる節がない。おかしいなぁ怖いなぁ、となんだか怖くなってしまった。
「山口君、待って!」と頬を赤らめながら帰ろうとする私の腕を引っ張った。しまいには私は泣いてしまった。
その頃には学友達は全員帰ってしまっていて、やっとこの時が来たと思った清水先生は私のことを放し自らの机の中からチョコレートの入った包みを持って来た。

そうなのだ。この先生は私にだけチョコレートを渡したかったのだ。だから私一人になるのを待っていたのだ。
当時の私は幼くこの一連の出来事を整理できなかった。
先生の赤らんだ顔と、やっと渡せたという安堵の表情だけ覚えている。
幼い記憶なので断片的にしかないのが残念である。